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≪友☆の出産までのはなし≫








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友☆は結婚した翌年に出産。
義理母が「5月6月生まれだと、暖かい時期だから楽だよ」と言った。
それなら逆算して仕込みは(≧▽≦)夏だな。
ビンゴ!!
結婚した年の9月には産婦人科通いが始まった。
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妊娠すると、すぐにつわりが襲ってきた。
「これがつわりなのね。なんか飲み過ぎの時みたい・・・」
正直そう思った。
が、飲んでもいないのに、四六時中吐きそうになるというのは大変だ。
買い物に行っても鮮魚や肉売り場には近づけない。
着飾ったつもりの厚化粧おばさん客の香水がすごい気持ちわる。
試食販売のおばさんを睨みつける。
食品売り場の文字さえも憎らしくなる。
キィ〜〜〜〜!!
もうサル状態。
ご飯の炊ける臭いが駄目って有名だけど、本当だった。
炊飯器から湧き上がるご飯の匂い。
「げげげっ!!!なんじゃこりゃ。ぎぼぢわる〜〜」(笑)
吐き気を押さえて炊いたご飯を旦那が嬉しそうに食べる。
うらめしい・・・
当時、習い事(簿記)に通っていたのだが、
電車の揺れと人ごみに耐え切れなくなり、途中で断念。
その内に出血。
驚いて病院に行ったが平日の診察時間内。
それも予約なし。
いや〜待ちましたよ。
総合病院だし、病院の周囲は団地だらけの環境ですから、
朝8:30から昼1:00過ぎまで待った。
ここまで待たされると、もう笑うしかないよね。
(@T▽T@)
診察結果は切迫流産の恐れがあるが入院する程ではないので、
3週間ほどの安静を言い渡される。
トイレ、歯磨き以外は起き上がるの禁止。
一日中寝たきり妊婦。
寝床にTVを移動して貰った。
つわりもあったので、寝ているのが一番楽だった。
新婚だったので(#^.^#)旦那が愛妻の為に夕食を作ってくれた。
まあ、なんてやさしい旦那様♪
旦那の愛にうるうると枕を濡らす、新妻の私。
「さあ、たくさん作ったから、たくさん食べな」
そう言って旦那は愛妻がいるベットまで食事を運んでくれた。
アツアツの湯気立つカレー。
匂いですぐにゴミ箱に吐いた・・・・・・・・
食事中の方、ごめんなさい。
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つわりが治まりかけた頃、食べたい物にこだわりが出てきた。
毎日のように、旦那の携帯に電話して
「がりがり君アイス」と「たこ焼き」を頼んでいた。
安静が解けた後も、安静を保ち続け、好きなものを食べ・・・
人生最大に太っていったな〜。
産後のことも考えないで・・・・・・・
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半年早く妊娠した友人が見せてくれたお腹の超音波写真。
あれが欲しくて、超音波撮影になる日が待ち遠しかった。
で、超音波撮影日。モニターに移る黒い影。
説明されなきゃ良く解らないような袋状の中に、動きが見える。
ウィ〜ンとプリンタされた写真はカルテに貼られた。
あれ?貰えるんじゃないの?
「先生、写真貰えないの?友達は持ってたんだけど」
そう言ってみた。
「みんな、そう言うんだよね。生まれてきた子供の写真なら解るけど、
こんなの貰って嬉しいの?」
そう医者は言う。
「先生(チッチッチ)・・妊娠しなきゃ、こういう写真持つことが出来ないんだよ。
いい記念になるでしょう。今だけの特典なのよ。」
そう話すと納得して(男の医師)、
「じゃあ、明瞭な映像を選んでやる」と、張り切ってプリンタしてくれた。
今も友☆の母子手帳に挟んでいる。
先生、ありがとう。
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当時、実家にいた弟が結婚するというので、
それに合わせて実家(北海道)に帰り出産しようと思った。
が、なんと弟の結納前日(出産予定日3ヶ月前)に彼女の「浮気発覚」。
彼女は結婚したくないと泣き出す。
弟と婚約しながら、彼女は不倫していたのだ。
玄関で彼女の親が涙の平謝り。
実家は大パニック。
一気に暗いムードになった。
そんな中、実家に帰っていいものか・・・・・。
悩んだ末に、明るい話題を提供しようと実家に帰る事にした。
初孫誕生を待つ親のわくわく度は高まり、
別人になったような私の体重オーバーだけが問題として残った。
実家から通うこととなった産婦人科医院で
「カロリー制限」のハンコが母子手帳に押される。
実母が「これだものね」と、下顎を掴む。
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臨月・・・ある日の夜中。
布団の中で嫌な気配がした。股間が濡れている。
それも少しじゃない。
これは・・・・・・・ゆるくなって、お漏らししちゃったのか?!
布団はどうしようか、親になんて言おうか。
本では読んだ事あるけどまさか自分が尿失禁?!
ゆるゆる・・・・・がばがば・・・・・
布団の中、わたしの頭の中はパニック状態。
しかし、暫らくしてからなんかお腹が痛いような気がしてきた。
「???これは陣痛?破水??」
布団から転がるように出て、着替えもせずに
『お漏らしなら悲しいが、破水ならこっちのものだ』と(何が?)
夜中の3時ごろに、親を起こす。
「ごめん・・・なんか破水したみたいで・・・病院に連絡したいんだ。」
破水した為、すぐに病院に行くこととなった。
車の後部座席にビニールを敷き綺麗なシーツを掛け、そこへ座る。
実家のある町には産科がない。(信じられないでしょう。)
車で通常1時間30分かけて、市内の産婦人科へ行く。
が、寝ぼけた運転は出来ないとシャワーを浴びた父の運転。
その父の運転は・・・・・ジェットコースター並。
気合入りまくり(爆)
早朝の暗い道、霧雨が降る中、
時速120〜170qで赤信号無視してぶっ飛ばす父。
助手席で母が「お腹痛い?」と聞く。
余りのスピードに緊張していた為、痛いのか張るのか良くわからない。
「い、痛いような気がする・・」
言った途端に、グンッとスピードが増す!
恐怖も増す!!
ひぃいいえええ〜〜〜!
恐ろしい事に40分で産婦人科医院に到着した。
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陣痛室が満員御礼で、すぐ分娩室に行かされて分娩台の上に乗せられた。
これが結構高い。
男性諸君は御存じないでしょうが、踏み台がないと乗れないのよ。
その時、子宮口開口がまだ3〜4cm。
「では今のうちにしちゃいましょうね♪」と看護婦さん。
手にはいちじく。
ひゃ〜〜!!(;^_^A アセアセ・・・
満員の陣痛室のトイレまで強制的に歩かされ、用を済ます。(笑)
用を済ます間、「今、生まれたら、う○ちまみれ?」と思った。
地獄の底から響くような痛みをこらえる声が陣痛室を満たしている。
気付くと母が他の妊婦の腰をさすっている。
「なにしてるの?」思わず聞くと
母曰く「あんたは分娩室に入っちゃうし、手持ち無沙汰だから」と。
手持ち無沙汰で他の妊婦の腰さすりをする実母。
全く、廊下に黙って座っててよ。
ちなみに実父は黙って廊下をうろうろしていた。
おまけに母はこの妊婦(私のこと)は元看護婦だと言ってしまった。
ああああ、もう恥ずかしくて絶対に叫べない!!
分娩台の上で腰が痛くても、陣痛が来ても、
無言で落ちないように静かにのた打ち回る。
べろんと出した太鼓腹に胎児用の心音測定器が付けられた。
それが痒くなる。
子宮口全開となり、「イキミ」たい気分が高まってきた。
酸素マスクを当てられている内に、眩暈がした。
過呼吸だ。自力でマスクを外す。
ふと気付くと心音を伝える「ピッピッ」の音が不規則に聞こえる。
胎児の心音が落ちた為に吸引分娩に切り替えられることとなった。
体格のいい看護婦さんの二の腕がお腹に乗せられた。
「はいと言ったら、思いっきりいきんで下さい。目は閉じないで」
いきみたくなるのと同時に襲ってくる便意。
「すいません、う・う・うんちも出そうなんですが・・」
恥ずかしいところじゃない。
出てからじゃ遅いと思ったのだ。
(この状況でどうするつもりだったのか、私!!)
看護婦さんの「気にしないで、肛門に力入れてね〜!」
そこまで言われてはもう気にしていられない。いきむ!!
無事男児出産
産まれた新生児の鼻から羊水を吸い出すと、勢いよく泣き出した。
まだ羊水まみれの友☆を抱かせて貰う。
すごく暖かい。
その産院は出産直後にまだ産まれたてほやほやの
赤ん坊との写真撮影のプレゼントがあり、
母子手帳分とアルバム分とで2枚撮影して、
出産日時と体重を書いてくれた。
嬉しい♪
そのまま両親に抱かせてくれたので、父は大感激していた。
こんなにすぐ抱かせて貰えるとは思っていなかったから余計だ。
なんたって羊水まみれ、血まみれ、しわまみれの孫。
その後、新生児がいる部屋をガラス越しに見て、
「うちの孫だけ帽子してるわ」と狂喜していた両親。
産瘤によるコブを冷やしているとも思わず、暫らくは幸せそうだった。
┌(・。・)┘└(・。・)┐┌(・。・)┘
私は陣痛、分娩が思っていたよりも辛いと思わなかった。
それより出産直後に「裂けた○○○」を
麻酔なしで縫われた方が痛かった!!(わかる人はわかるよね)
吸引分娩で、おまけに看護婦の二の腕圧迫攻撃。
縫うのもなんと20針だったという。
でも元看護婦さんはむやみに叫べない。(母を恨んだ)
おでこに置いて貰ったミニサイズのアイスノンを慌てて噛んで耐えた。
とっぷへ
